アドリア海の小さな港街トリエステ

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昔の話です。(2019年)

人生で一番、よい旅をしたな、素敵な所に来たなと思った時の話です。

私の人生初のイタリア。最高の第一印象を持つことができました。

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トリエステへ流れ着いた経緯

2019年6月、チェコ留学最後の数週間は語学学校も終わり、帰国準備を進めながら周辺国をフラフラする計画を立てました。

基本的に私の旅行ははじめに目的をいくつか決めて、宿や交通手段は旅の途中、その都度決めることが多いです。
一人で行くからそのあたり決めなくても大した問題にならないんですよね。
(真冬はなるべく宿くらいは決めるようにしています。死の危険があるので。……なるべく、ね。胸を張って「できています!!」と言えないあたりはお察しなのですが……。)

さて、今回の一番の目的はイタリアのヴェネツィアへ行って、bortletti(ボルトレッティ:イタリアの文具メーカー)でシーリングスタンプを買うことでした。

そしてその途中、チェコのチェスキークルムロフ(世界で一番美しい街と言われています)でバラ祭りが開催されるとのことで、そちらも目的の一つ。(正式名称は「五弁の薔薇祭り」だそうです。)

と、いうわけでチェコのプラハを出て、チェスキークルムロフから最終目的地であるイタリアのヴェネツィアまである程度距離があります。
交通手段にもよりますが、その道程にはオーストリアといくつかの街があるため、Google Mapを眺めながら面白そうな街や歴史のありそうな場所を探します。

そこで今回目を付けたのが、オーストリアのザルツブルグとイタリアのトリエステでした。

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早朝のトリエステ

あれほど心穏やかに、じわじわと心が満たされながら生を感じた瞬間は、今までなかったように思います。
歴史ある港町の美しい日の出でした。

私はオーストリアのザルツブルクを深夜に出発し、ガタガタと激しく揺れる夜行バスに「道の舗装はされていないのか?」と思いながらろくに寝られず、早朝トリエステの駅前に放り出されました。

一緒に下車したはずの3人は、足早にどこかへと消えていきました。
きっと地元の方々なんでしょう。

早朝5時前です。暗いし眠いし体が痛かったのを覚えています。
そしてやはりヨーロッパ、6月下旬と言えど朝夕は半そでシャツでは少し肌寒かったです。

宿のチェックインは昼の12時半のため、果てしなく時間があります。
もちろんカフェは閉まっているし、24時間営業のコンビニなんてものもありません。

それでも心躍りながら歩きだしたのは、チェコでの留学中一度も感じなかった、あの海辺の街特有の潮の香りのせいだと思います。
懐かしさと嬉しさに胸がいっぱいになりながら、海を目指しました。
トリエステは小さな町で、夜行バスをほっぽり出された中央駅前から、5分も歩かずに海が見える場所があります。

横浜では何も思わず生きていましたが、いざ長期で離れると、私は潮の香りがある街で生まれ育ったんだなと思わされました。

まぁ中区の海なんて小汚いものなんですけれど。
(皆さん、山下公園でポイ捨てとかしちゃダメですよ。元町と中華街の間の中村川とかありえん汚くて臭いんですから。)

街頭がまだ明るい、日の出直前のトリエステ 桟橋から

チェコ留学中、海辺出身の各国の友人たちとよく話をしていました。
今思えば海ある国出身同士、プラハの暗く陰鬱とした冬を過ごすために、地元の海と夏の話をして心を温めていたような気もします。

私は横浜よりも、鎌倉の由比ガ浜や七里ガ浜の方が思い出が多いので、高校時代のいろいろな話をしました。
みんなそれぞれに海の思い出があって、つたないチェコ語でそれぞれの思い出話をするのが、大好きでした。
学校帰りのトラム、楽しかったなぁ。

そんな生活を続けていたこともあってか、トリエステで久々に海を間近で見れたことを、たまらなく嬉しく思ったのをよく覚えています。
(数か月前に行ったスペインのバルセロナでは、遠くの丘から海を眺めただけでした。)

トリエステの中心であるイタリア統一広場から、海へ向かってにょきっと伸びる桟橋に、腰をおろして日の出を待ちます。
あたりが暗く、正直どこへ行けばいいのかもわからず、適当に海を目指して歩いた結果がこの桟橋でした。
歴史的な桟橋なのですが、観光案内は別記事にて。

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初めてのイタリア、小さな港街に惚れ込む

月と街並み。ピンクの建物がプラハの国民劇場みたいだなぁと思いながら眺めてました。

徐々に薄明るくなっていく街並みを桟橋から眺め、私は「イタリアに来た!」というよりも、どこか知らない中東欧の国に迷い込んだような感覚でした。

オーストリア・ハンガリー帝国唯一の港として栄えた歴史を持つこのトリエステは、やはり色濃くその文化を受け継いでいるように感じました。
イタリアに来たはずなのに、イタリアにいないような、そんな不思議な気持ちです。

地中海を前にしながらも、私はまだ、中東欧から抜け出していないのではないか、と。

朝日が昇る

桟橋に座ってのんびりとスケッチをしながら、トリエステの空気を味わいました。
綺麗に晴れた夜空が、だんだんと鮮やかな空色になり、朝日に照らされた小さな雲が、薄紫色やオレンジ色に色を変えながらゆっくりと山を越えていきます。

きっと上空は風が強く吹いていたのだと思います。
すいすいと空を泳ぐように、いくつもの雲が山へ駆けていきました。

あの山の向こうはスロベニアだろうか、そう思うほど国境を間近にするこの街は、異国情緒漂う不思議な朝を日々迎えるんだなぁと思いました。
(Google先生によると、この桟橋から車で20分ほど走るとスロベニアに入ることができるそうです。)

とても素敵な朝です。
寝不足も、ザルツブルクでの疲れた足腰も、すっかり忘れてしまうほど美しく、洗練された空気の港街でした。

桟橋から早朝のアドリア海を望む

知らない土地の早朝や深夜の空気を、一人きりで味わうときが、一番自分が「生きているなぁ。」と感じる瞬間が多い気がします。
自分の知らない場所、自分のことを誰も知らない場所、その街の人たちもほとんどが寝ていて、世界で自分しか生きていないような錯覚を起こします。

人間はそもそも一人である、ということを強く感じさせられるこの感覚が私は好きです。

私がここでいきなりぽっと死んでも、知人は駆けつけてくれないなぁ、とか考えていると「生まれ育った街からはるか遠くへ来た」気がして。
それって人生の醍醐味だと思うんですよね。
人生なんでもできるし、どこへでも行けると思います。

(新卒入社したブラック企業にいたころは、未来に、明日にすら希望を見いだせなかったので、転職して数年仕事をして、それすら辞めてワーホリに来ている今だからこそ、旅行していた当時の気持ちがよみがえってきている気がします。)

せっかくこの世界に産み落とされたんだから、知らないことは何でも知りたいし、行ったことない場所には片端から行ってみたい。
そんな小学生並みの好奇心と供に生きています。

旅行をしながら、「次はどこへ行こうか」なんて考えるのが最高に幸せですね。

どの街にも、やはり早朝を楽しむ素敵な人は少なからずいるようです。
桟橋に腰掛け、スケッチに飽きた私が空や街、海を眺めながらぼうっと過ごしていると、徐々に人が出てきました。
まだ7時前なんですけれど。

朝のお散歩をするおじいちゃんたちがやってきます。
釣りをしている人もいます。

きっとみんなそうやって日々を過ごしているんだと思います。

この街で生きるって、どんな感じなんでしょうか。
いつか、数か月でもいいから、この街で日常というものを過ごしてみたいものです。

プラハとチャペックに惚れ込んでチェコ留学をしたんですから、きっとこの先の人生でトリエステに住むことも、不可能じゃないと思います。
大丈夫。きっとどこかで縁があるはず。

この街に到着して数時間で惚れ込んでしまいました。
惚れっぽいのよくないですねぇ。

さて、宿のチェックインまで約6時間。
人生最高の昼寝をした話は次の記事で書きたいと思います。

ぜひ皆さんもトリエステに行ったら、早朝の港町を散歩してみてください。

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